2009年06月25日

ローテンブルク資料

ヨーロッパバスで貰ったローテンブルク資料です。


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2009年06月19日

ローテンブルク2

ローテンブルクには、城壁があります。
こんな感じです。

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で、この城壁に登りました。
こんな感じです。
わかりますか?

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登ると通路がこんな感じです。
とっても狭いです!
ほぼ、一方通行ですね。

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一人がやっと通れます。
で、この狭い通路に、
300人くらいの小学生の集団が、向こうから
大挙してやってきたのです。

道をゆずったんですが、これがいけなかった。

ダラダラ歩く小学生たち三百人が、
延々と続いてしまった。
そうこうしているうちに、バスの出発の時間は、
刻々と迫ってくるのであった。

つづく!

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posted by 風 at 23:16| Comment(0) | ローテンブルク(Rothenburg) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

ローテンブルク1

ローテンブルク

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 ヨーロッパバスで、ロマンティック街道を旅する場合、ローテンブルクに泊まり、フュッセンに泊まるのが一般的なコースなしいのですが、リヒャルト・シルマンの足跡を取材する私たちには、ローテンブルクの古都も、フュッセンのノイシュヴァンシュタイン城(いわゆるシンデレラ城ですね)とホーエンシュヴァンガウ城も、用がありません。

 私たちが目指すのは、ディンケルスビュールであり、ミュンヘンなのです。そのスケジュールをヨーロッパバスの運ちゃんに話すと、

「とても興味深いスケジュールだ、こんなスケジュールは初めてだ」

と言います。

 そうなんです。
 一般的には、ローテンブルクであり、
 フュッセンなのです。

 しかし、私たちの旅は、あくまでもリヒャルト・シルマンの足跡を訪ねる旅ですから、大勢の観光客が訪れる主な観光地は、わざと外してあります。とはいうものの、ヨーロッパバスは、ローテンブルクに40分だけ運転手の休憩のために、一時停車しますから、40分だけローテンブルクを観光することにしました。

 ローテンブルク。

 実は、この街には、ディンケルスビュールの『キンダーツェッヒエ』の伝説と同じような伝説があります。
 『マイスタートルンク』の伝説です。西山夫妻(といっても奥さんが書いているブログなのだが)が、この伝説をうまくまとめているので抜粋して紹介します。


  ×  ×  ×  ×  ×

 昔々、自由都市だったローテンブルクに、危機が訪れました。1631年、ドイツの三十年戦争の頃のこと。ローテンブルクを占領したティリー将軍率いる皇帝軍が、ローテンブルクを治めていた市参事会の会員たちの首を刎ねることを宣言しました。たまたま、将軍がローテンブルク市のワインを、大ジョッキで勧められた時、

「この大ジョッキを一気に飲み干す者があらば、斬首はやめよう」

すると

「ワシが飲み干してみせよう」

と、ローテンブルク市長のヌッシュが名乗り出ました。

「ティリー将軍、ワシが一気に飲み干したら、確かに市参事会の会員の斬首は取り止めとのお約束、果たしてくれましょうな?」
「無論だ。ただし、一気に飲み干せればの話だがね。市長」

 ヌッシュ市長は、大ジョッキを傾けて、ワインを飲みほし、バタリと倒れてしまいました。ティリー将軍は市長の度量と、その離れ業に感服し、約束どおり斬首を中止したそうです。英雄・ヌッシュ市長は、その後3日間眠り続けて、目を覚ましたということです。

http://blog.livedoor.jp/m-95_72230/archives/51432724.html
のブログより抜粋して紹介。

  ×  ×  ×  ×  ×


 こうして、ローテンブルクの危機は去ったのですが、そのローテンブルクも、第二次大戦で連合国の爆撃にあって街の半数が破壊されています。ところが、キンダーツェッヒエの伝説のあるディンケルスビュールは、第二次大戦を経験しても無傷だったのです。


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 ワインの一気飲み伝説は、
 ローテンブルクの街を救えなかった。

 子供を平和の使者にした伝説は、
 ディンケルスビュールを救った。


 この事実に考えさせられたのは私だけでしょうか? 私は、この謎をとくために、日本から、はるばるローテンブルクとディンケルスビュールを見にやってきたのです。



ローテンブルクの町並み
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posted by 風 at 23:30| Comment(0) | ローテンブルク(Rothenburg) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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