2009年07月07日

ドイツ料理1

ドイツ料理1

http://www.dannychoo.com/detail/mac/eng/image/20934/Motsuyaki.html

まず、上記のサイトをのぞいてほしい。
日本のホルモン屋(もつやき屋)を知った外国人の反応を!
欧米人たちが、

サンフランシスコ「(動物の)内臓とか性器とかホント止めようよ」
ドイツ「ノー、とにかくノーだ。そういった肉は全く食べないよ」
オランダ「うえっ、ノーサンキュー」
シドニー「内臓だけでも気持ち悪い。それを食べるのか?」

と吐き捨てている。

1.jpg.jpg

しかし、彼らは肝心のことを誤解しているのです。
大正時代になるまで日本人は、
(動物の)内臓を食べてなかったのです!
肉は食べても、(動物の)内臓を食べてなかった。
ところが、そいつを食べるようにしたのが、
ドイツ人だったのです。だから、

ドイツ「ノー、とにかくノーだ。そういった肉は全く食べないよ」

と発言したドイツ人は、切腹すべきですね。

だって、世界一、(動物の)内臓を食べる国民は、
ドイツ人だからです。だから私は、
「ノー、とにかくノーだ。そういった肉は全く食べないよ」
と言ったドイツ人に、言いたい!

「おまえたちは、ソーセージを食べないのかと!」

 第一次大戦で捕虜になったドイツ兵たちが、何に驚いたかというと、日本人が、動物の内臓を全部捨ててしまうことでした。日本料理といえば、魚料理ですが、魚をさばく時に、真っ先に行うことは、内臓を捨てることです。そうしないと腐りやすいし、内臓に住んでいる寄生虫が肉に食いつくからです。だから、肉食が導入されても、日本人は、動物の内臓を全部捨ててしまっていたのです。だからホルモン焼きの語源は、「ほうるもん(捨てるもの)」だったのです。

 その事実を知ったドイツ人たちは
「なんと、もったいない!」
 と激怒し、捨てられる運命にある内臓を回収し、
 それでソーセージを作ったのです。
 そのソーセージが、美味かったらしい。
 あまりに美味しかったので、それが評判になり
 農商務省の畜産試験場が注目しました。
 で、収容所のドイツ兵に頭を下げて、教えてもらい行ったのです。

 ドイツ兵たちは、最初マイスターの秘伝を公開してしまうことにためらいがあったのですが、捕虜収容所所長たちの熱心な説得に折れてくれ、10日間にわたって勉強会を開いてくれたといいます。そして彼らは、戦争が終わっても日本に残留し、ソーセージ工場を造ったり、ドイツレストランを開いたりして、日本に動物の内臓を再利用する道を開き、その伝道師となったのです。

 ソーセージだけではありません、海軍2等砲兵フランツ・ツォールンは、コンデンスミルク製造の指導をしていますし、グスタフ・ヴォルフ、アルトウール・フリッチエの2名は、東京・銀座の「カフェ・パウリスタ」に出張して洋菓子の指導をしていました。ハインリッヒ・ホルヒが東京石鹸株式会社で石鹸製造の指導を行なっています。大久保の紅谷肉店では、ドイツ兵にマヨネーズの製法を教わっています。カール・プッチングハウスは、解放後、東京・目黒でソーセージ工場を始め、戦前には大いに繁盛したとも言われています。


最後に一言
ソーセージを食べて、フォアグラ食べる奴に
「内臓だけでも気持ち悪い。それを食べるのか?」
とは言われたかあない!
posted by 風 at 00:34| Comment(0) | 日本とドイツの交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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