2009年07月05日

明治時代から続いた日独交流7

 第一次大戦のドイツ軍捕虜の話の続き

 ドイツ人捕虜たちは、日本人に好感を持たれました。
 その理由は、彼らの清潔好きです。

 彼らは、洗濯ばかりしていました。
 そのうえ、日本人のクリーニング屋に委託してまで、
 清潔の維持に努めました。
 当時の写真が、大量に残っていますが、
 その写真をみると、驚くべき事に
 ドイツ兵捕虜のズボンには、
 どれも、これも、きちんとアイロンが当っています。

 では、そのクリーニング代は、どこから出たかといいますと、
 日本政府が出した給料からです。
 驚くべき事に日本政府は、
 彼らの元の月給と同じ額を支給したのです。

 もちろん、彼らを、労役に使ったのではありますが、
 かなりの月給も出したのです。

 で、ドイツ人捕虜は、金持ちになり、
 自分の好きなような勉強部屋を作り、
 窓も扉も机も作り、ペンキを塗り、素晴しい家を何棟も作り、
 資材は実粗の日本人商人より購入しました。

 日本人商人の中には、ドイツ人捕虜に
 ブランデーの銘をうった酒を販売し、
 莫大な成金となり、立派な門までつくりました。
 土地の人はこの門を、ブランデーブルク門と言ったらしい。

aaa.jpg

 ドイツ人の残した資料によれば、
 酒保ではクリスマスの三日間に、
 総計3000リッターのビールを売り上げたらしい。
 ちなみに、彼らの好みの銘柄は「KIRIN」だった。

 そのうえ、自分たちでドイツ式の製法でビールを製造して
 それを仲間に売る人もあらわれました。

 ちなみに、当時の捕虜収容所の食事メニューが残されています。
 それによると和食ではなく、純ドイツ料理でした。
 しかも、バナナ・アイスクリームという
 当時の日本人が口にしたこともないメニューまでありました。

 また、毎月の体重測定の記録も残されており、
 日本側はドイツ兵の栄養の確保に、
 大変気を使っていたことがわかっています。
 しかし、それでも不充分だったものと見え、
 ドイツ兵が書き残したドイツジョークには、こんなものがありました。

 収容所内が沸き立ち、みんな走って集まっている。
 何が起きたんだ?
 故国に平和が訪れたのか?
 それとも、粉屋のペテロの家畜がくたばったのか?
 違う、誰かがスープの中に、
 肉を一かけら見つけたんだとさ!
posted by 風 at 08:04| Comment(4) | 日本とドイツの交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私ども夫婦が、ドイツのバッハラッハというライン川沿いの町で、食事した際に飲んでいたビールの銘柄が「KIRNER」といって、ウチのダンナはんが、「KIRIN」ビールだと思いこんでいたと言っていたことがあったのですが…。

ドイツ人捕虜の人たちも「KIRIN」ビールを愛飲していたなら、ダンナはんの勘違いも、あながち、そうズレていた訳ではなかったのかな…?

なんて、ふと思い出しました。
Posted by みわぼー at 2009年07月08日 01:07
ドイツ人捕虜の人たちが「KIRIN」ビールを愛飲していたという事実には驚かされますね。というのもドイツのビールは「KIRIN」ビールの味から遠いですからね。あんなに苦くないし、あんなに冷えてない。ドイツビールは、もっと美味しいですよね。

とういえば、旦那さん、スーパービール党でしたよね。さぞかし幸せだっただろうなあ。

Posted by マネージャー at 2009年07月09日 00:01
確かに!

どちらかというと、私は、ビールよりは日本酒とかが好きなんですが、日本のビールより、ドイツのビールは断然!美味しかったです!

ダンナはんは、彼の地では、ビール、美味しそうに飲みました。

ただアルコール強くないので、ある程度セーブしてたかな?

夜ご飯は、必ずビールでしたね〜!
確か。
Posted by みわぼー at 2009年07月09日 01:34

>日本のビールより、ドイツのビールは断然!美味しかったです!

本当ですね。すごく美味しい。うちの嫁さんなんか、ビール大嫌いなのに、ドイツのビールをガンガン飲んでましたね。ソフトで、フルーティーなので飲みやすかったんでしょう。そのうえ安いですから、ドイツ人がビール樽になるのも無理ないですよ。
Posted by マネージャー at 2009年07月10日 03:19
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