2009年06月22日

ドイツ人は、どんなふうにケチか?

ドイツ人は、どんなふうにケチか?

 ブログを読んでくれた御客様からこんな質問がありました。

「ドイツ人って、ケチなんですね?」
「そうですね」
「ユダヤ人みたいですね」
「うーん、ちょっと違うかなあ」
「じゃあ、関西人みたいな感じ?」
「それとも違うなあ、しいて言えば、名古屋人みたいな感じかなあ」
「じゃ、どケチということですか?」

 言葉に詰まってしまったので、ブログで回答することにしました。
 で、考えたのですが
 舌足らずな私の言葉より、引用の方が正確だと思うので
『エッ!そんなことが』藤井啓之著
 より抜粋して紹介してみます。

 藤井啓之さんは、銀行員です。
 彼が某銀行のニューヨーク支店で働いた時の思い出を紹介します。


 × × × × × × × ×



コタ・ウオルフの思い出

 東ドイツから逃げて来たという二十代半ばのドイツ女性、ユタ・ウォルフ(Uta WOlf)を採用した。当日の応募者の中で明るい性格、やる気、頭の良さが抜群だった。
 ところが、日もあまり経たないうちにアメリカ人スタッフから白い目で見られるようになった。
 応募日に着てきた太めの毛のセーターを毎日着てくるのと、連日残業してタイプ、加算機などの練習に黙々と励んでいるのが気にくわないと言う。

 確かに、貧しくとも服は毎日着替えるのが勤め人の常識となっており、また残業が毎日続くようでは当局の立入検査の対象にもなる。当然ユタは皆の陰口の対象となった。

「不潔なドイツ人−」
「残業を見せっけ日本人スタッフの歓心を買おうとしている」

などと言われ、支店内の雰囲気はおかしくなった。
初めて週給を払う金曜日、彼女にそれとなく聞いてみた。
ところが、

「みなさんが、何を思っているかは分かります。皆に迷惑なのも分かります。ただ私は、東独から着の身着のまま逃げて来たので、食べるのが精一杯です。今日いただいたこのお金は有効に使います。また残業しているのは、営業中にはできないタイプや加算機の練習のためです。従って残業代は要りません」

という趣旨のことを、ひどいドイツ語靴りの英語で言うのだった。

 次の月曜日には粗末ながらも新しい服装で現れたのでほっとしたが、火曜日にはまた例のセーターとなり、その週は二着を交互に着ていた。毎日変えるようになったのは、かなり後になってからのことだった。

 女性や若いアメリカ人男性スタッフは規定の五時になると決まって、バイ!と言って帰ってしまう。計算係は当日の入出金を加算機で集計し五時になると、今日はこれこれの数字が合わないと言い残して平気で帰ってしまうので、後は我々日本人が残業して勘定合わせをする毎日だった。

 しかし、ユタが担当すると勘定が合うまで帰らない。

 ニューヨークは遅くなると物騒な街なので、本人に事故でもあれば当局は従業員の安全管理の不備を突いてこようし、経営者の支店経営実態なども問題にしてこよう。従って、後は我々に任せて早く帰るようにと言うと、

「これは自分の仕事です。残業になるのは自分の手が遅いからで、標準に達していれば時間内に納まる仕事量です。もちろん残業代は要りません」

と言われ、その根性に舌を巻いた。

 当時、我々のオフィスはマンハッタン島の最南端にあり、アメリカ人の好きなパレードの出発点でもあった。高層ビルの上から紙テープを投げながら見るパレードは皆の愉しみの一つにもなっていた。そんなある日、宇宙旅行に成功したシェパード飛行士の凱旋パレードが始まった。例によってビルの窓は人の顔で埋まり、紙テープの舞うのが見えてくると、店内のローカルスタッフは一斉にオフィスから飛び出して行った。人気のなくなったオフィスにユタが一人タイプの前に座り黙々と仕事を続けている。

「ユタ、君も行って見て来いよ」

 と言うとNO″と言う。
 そして私の不思議そうな顔に気がついてこう言った。

「いうなれば、シェパードは宇宙船の運転手でしよう。本当に祝福されるべき人はあの宇宙船を造った技術陣のはず。ロケットを造ったブラウン博士共々その人たちがパレードするなら私は喜んで手を振ってあげる」

 これを私はドイツ人の理屈っぽさと受け取ることはできなかった。

 物が豊富なせいか、ためらいもなく鋏でひもを切り、包装紙は丸めてゴミ箱に入れる女性たちの中にあってユタは国の母の躾だと言って、ひも、包み紙はきちんと整理箱に収め、事ある毎にそれを活用していた。

 このような日々を送るうち、次第に彼女の英語も堪能になり、引き続き仕事振りも他の範として昇給もボーナスもトップを続けた。だが服装だけは依然として質素だった。

 こうして二年ほど経った年の末、西部の都市に移ることになったという彼女の送別会を兼ね、恒例のクリスマスパーティを開いた。

 当日女性たちはそれぞれ華やかに着飾り楽し気に集まった。

 中にひときわ上等なシルク仕立てのドレスに身を包み、
 艶やかな女性が皆の目を引いていた。


 ユタだ!

 何という憎い演出だろう。
 出世物語か映画のラストシーンでも見ているような
 ショックを受けた。

 賑やかな会食も終わり、
 ユタが退職の挨拶に立った時、
 その優雅な姿に一瞬静まり返った。

 その挨拶は馬鹿にされた往時のことも、
 いじめへの恨みつらみの一言もなく、
 謙虚に感謝の言葉で締めくくられた。


 ダンスパーティに移り、私はユタの相手をした。
 踊りながらユタが、

「長い間面倒を見てくれて本当にありがとう。藤井さん」

 と言うのでふと顔を見ると、形の良い鼻の脇にが光っていた。
 私はこのユタにドイツ魂とドイツ女性を見た。

(『エッ!そんなことが』藤井啓之より抜粋して紹介)
posted by 風 at 23:34| Comment(4) | 日本とドイツの交流 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
質実剛健というか、ドイツ人は普段は質素にして、ここぞという、ハレの日の為にお金をかけるんですね。

ドイツに、ハレとケという言い方はないかもしれないけど。

ケチというのとは、また違うような…?
Posted by みわぼー at 2009年06月23日 13:12

≫ケチというのとは、また違うような…?

違いますね。そういうライフスタイルなんでしょうね。ケチというより、勤勉と言った方がいいみたいです。だから奇跡の復興をとげたのでしょうね。古き良き日本人と同じだと思います。

 ただ、並の日本人と違うところは、貧乏に対するイジメに対して、恨み辛みを述べずに、豪華な衣装を着て感謝の言葉を述べる。そして御世話になった日本人銀行員とダンスを踊り、涙を見せる。そんな健気さもあるところが逞しいです。

Posted by マネージャー at 2009年06月23日 13:47
いい話をありがとう。吝嗇、けちでなく質実。ものを大切にする美徳が、進駐軍アメリカに踏みにじられ、物を使い捨てにする資本主義が破綻して、また古き良き伝統が復活する。日本もドイツも伝統文化が復活するのです。ブランド物に目をくらまさせれているのに限って、物を見る目が無く、ケチなどというのではないでしょうか。
Posted by 進之助 at 2009年06月29日 16:18

 ケチにも色々ありますよね。吝嗇と質実は違うし、コタ・ウオルフのケースを一言で言うと、「美しい」とか「鮮やか」とか「こいつは一本とられた」になりますよね。コタ・ウオルフの人生の美しさは、ほんとうに鮮やかです。
Posted by マネージャー at 2009年06月30日 21:27
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